研究概要

ライフイノベーション分野では,生体の感覚制御(特に,痛みと痒み)の仕組みとその破綻による慢性感覚異常メカニズムを,遺伝子工学,細胞イメージング,電気生理学,光遺伝学,行動薬理学的実験技術などを組み合わせた分子~細胞~個体レベルの包括的な研究から明らかにしていきます。そして,現在の治療コンセプトを変えるような新しい疾患メカニズムの発見とその成果に基づく新薬開発を目指した産学官連携共同研究の実現にチャレンジします。加えて,痛みとかゆみなどを含む感覚やグリア細胞の生物学的役割や存在意義も探究していきます。

1.痛みの研究

図1 ミクログリアを起点とした神経障害性疼痛メカニズム
図1 ミクログリアを起点とした神経障害性疼痛メカニズム
神経障害後,脊髄ミクログリアが活性化し,転写因子IRFなどによりP2X4受容体が発現増加する。P2X4受容体の刺激により,ミクログリアは脳由来神経栄養因子BDNFなどを放出し,脊髄後角ニューロンに作用して異常興奮を誘発する。

皮膚からの感覚情報は,ニューロンによって脊髄と脳へ伝えられますが,実はニューロン以外にも様々な細胞が関わっています。私たちは,脊髄のミクログリアというグリア細胞の過活動がモルヒネも効かない慢性疼痛「神経障害性疼痛」の原因であることを,活動性を生み出す受容体や転写因子などを特定することで明らかにしてきました(図1,研究業績)。神経障害性疼痛では軽い触刺激で痛みが出てしまうという感覚異常(アロディニア)が特徴的ですが,どのように触刺激が痛み情報に誤変換されるのか,その仕組みには依然として不明な点が多く残されています。そこで,グリア細胞が作り出す新しいニューロン機能異常を突き止め,慢性疼痛のメカニズムを明らかにしていきます。加えて,活動性に違いがあるグリア細胞のサブグループの存在や特徴などについても研究を進め,神経障害性疼痛や他の神経疾患における役割を明らかにしていきます。

2.痒みの研究

図2

アトピー性皮膚炎に代表される慢性的な痒みもまた効果的な治療薬に乏しい疾患です。皮膚疾患や一部の内臓疾患などの痒みは強く慢性的で,過剰な引掻き行動が起こり,その結果皮膚炎が発症,さらに周囲の皮膚にも炎症が広がり,さらに強い痒みが出てしまいます(痒みと掻破の悪循環)。しかし,この慢性的な痒みの神経化学的メカニズムは全く分かっていません。最近私たちは,皮膚を激しく引掻くアトピー性皮膚炎モデルマウスを用いて研究を行い,そのマウスの脊髄後角で「アストロサイト」というグリア細胞が長期にわたって活性化し,痒み信号を強め,痒みの慢性化に関与していることを世界で初めて明らかにしました(Nature Medicine 2015)。この研究成果は,アトピー性皮膚炎に伴う慢性的な痒みの新しいメカニズムとして注目されています。今後,脳や脊髄のニューロン,そしてグリア細胞を組み合わせた研究により,従来の視点や研究アプローチからは見出せない,慢性掻痒の全く新しいメカニズムを明らかにし,その成果をベースに新しい視点を持った痒み治療薬の開発を目指します。