主要な研究成果

神経障害性疼痛に直結する細胞外ATPの放出源を特定

私たちはこれまでに,神経障害性疼痛モデルの脊髄後角ミクログリアでP2X4受容体などのATP受容体の発現が増加し,その活性化が神経障害性疼痛に重要であることを明らかにしてきました。これらの受容体は細胞外ATPによって活性化されますが,脊髄後角内でATPがどの細胞からどのような仕組みで細胞外へ放出されるのかは長年の謎でした。今回,私たちはヌクレオチドトランスポーター「VNUT」に注目して研究を行い,神経障害性疼痛モデルの脊髄でVNUTの発現が増加し,脊髄スライスからのATP放出も増加していることを見出しました。さらに,脊髄後角ニューロン特異的にVNUTを欠損させることで,ATP放出の増加が消失し,神経障害性疼痛も抑制されることを発見しました。一方で,アストロサイトやミクログリア選択的にVNUTを欠損させてもそのような抑制がみられませんでした。したがって,神経障害性疼痛に直結するATPの放出源は脊髄後角ニューロンであり,それがミクログリアのP2X4受容体をはじめとするATP受容体を活性化する可能性が示唆されました。この研究成果によって,私たちが2003年に神経障害性疼痛に対するP2X4受容体の重要性をNature誌に報告して以来,10年以上も謎であった細胞外ATPの放出源が明らかになりました。

マウス脊髄後角実質内への新しい微量注入法を開発

脊髄後角実質内へ薬物やウイルスなどを微量注入する場合,これまでは椎弓を切除(Laminectomy)する必要がありました。しかし,椎弓切除術は脊髄組織に大きなダメージを起こすため,それに伴う炎症反応が実験結果に悪影響を及ぼすことが懸念されていました。今回,私たちはマウスの椎弓間に骨で覆われていない部分を見つけ,それを利用することで椎弓切除することなく脊髄後角実質内へ物質を微量注入することに成功しました。この方法は,ウイルスによる脊髄後角の細胞種特異的な遺伝子制御を可能にし,オプトジェネティックスやDREADD,細胞ラベリングなど非常に幅広い実験系に応用することができます。

アトピー性皮膚炎に伴う慢性的な痒み ~新しい原因細胞を特定~

慢性的な痒みはアトピー性皮膚炎や接触性皮膚炎など炎症性の皮膚疾患における代表的な症状です。これまで,痒みは弱い痛みと位置づけられ基礎的な研究が非常に遅れていましたが,最近,痒みに特異的な物質および神経伝達経路の存在が明らかになり,その仕組みが徐々に明らかになってきました。しかし,慢性的な痒みの発症維持メカニズムはまだ分かっていません。私たちは,アトピー性皮膚炎と接触性皮膚炎モデルマウスを用いて,慢性的な引掻き行動により炎症を起こした皮膚に対応する脊髄後角でグリア細胞の一種であるアストロサイトが長期にわたり活性化されていること,さらに,アストロサイトで転写因子STAT3を抑制することによりこの活性化および慢性的な痒みが抑制されることを発見しました。さらに,アストロサイトのSTAT3に依存して発現上昇するLCN2が,脊髄後角における痒み誘発物質ガストリン放出ペプチド(GRP)の作用を増強することにより慢性的な痒みに関与することも突き止めました。今回の研究成果は,アトピー性皮膚炎など炎症性皮膚疾患における慢性的な痒みのメカニズムにおいて,これまで注目されてなかった中枢神経系のグリア細胞が重要な役割を担うことを世界で初めて明らかにしたもので,慢性的な痒みに対する新規の治療薬の開発への応用が期待されます。

神経障害性疼痛に重要なP2X4陽性ミクログリアを作り出す実行役

これまで私たちは,神経損傷後の脊髄で活性化し,P2X4受容体を高発現するミクログリアが神経障害性疼痛に重要であることを示してきました(Nature 2003; Nature 2005; PNAS 2009; EMBO J 2011; Cell Rep 2012)。しかし,神経損傷後にどのようなメカニズムでミクログリアでのみP2X4受容体が発現増加するのかは2003年から約10年間謎のままでした。この論文では,神経を損傷させたマウスの脊髄で転写因子のIRF5がミクログリア特異的に増えることを発見しました。この増加は,以前Cell Reports誌に報告したIRF8によって調節されていました。また,IRF5欠損マウスでは,神経損傷後の痛みが弱くなっていました。さらに,IRF5がP2X4受容体遺伝子のプロモーター領域に作用し,P2X4受容体を増やすように働いることを明らかにしました。したがって,IRF8からIRF5へ繋がる転写因子カスケードがP2X4受容体を高発現するミクログリアを作り上げるコアメカニズムであることを明らかにしました。

IRF8はミクログリアの活性化に重要な転写因子

脳や脊髄の免疫細胞と呼ばれるミクログリアが,神経損傷後の脊髄で過度に活性化した状態になり,神経障害性疼痛を引き起こしていることを明らかにしてきました(Nature 2003; Nature 2005; PNAS 2009; EMBO J 2011)。ミクログリアは,多くの分子が発現することで活動性を高めていきますが,そのたくさんの分子がどのように調節されているのか,その仕組みは不明でした。この論文では,神経を損傷させたマウスの脊髄で発現が増加する遺伝子をマイクロアレイで解析し,転写因子のIRF8を検出し,さらに脊髄におけるIRF8発現細胞がミクログリア特異的であることを発見しました(脳や脊髄におけるミクログリア特異的な転写因子としては世界初の例)。さらに,IRF8欠損マウスでは,ミクログリア活動を高める多くの分子の発現が軒並み減弱し,神経損傷後の痛みも緩和されていました。したがって,神経の損傷によってIRF8タンパク質が脊髄のミクログリアで増え,それが痛みを起こす分子を増加させ,神経障害性疼痛を引き起こすことを明らかにしました。